代書屋のこと 職業はなに?

2019年9月28日

春団治 代書屋 落語

t f B! P L
 故桂米朝の師匠である四代目桂米団治が昭和14年頃に創作した比較的新しい噺が「代書屋」です。私が運転免許を取得した頃は、自動車試験場近くには数多くの代書屋がありました。
 第三の新人と呼ばれた作家、吉行淳之介のエッセイ(吉行淳之介エッセイ・コレクション ちくま文庫 2004年)には、亭主が代書屋をしていて、その女房の元芸者が試験場近くで代書の客引きをしている、と実際に吉行が体験したことが書かれていますね。

 この噺の代書屋はそんな乙な人ではなくて、頑固といいますか「儲かった日も代書屋の同じ顔」という、この噺のマクラ通りの人物が登場します。
 代書屋にやってくる客が入れ替わるロングバージョンと、客がひとりのショートバージョンがあります。上方ネタですが東京でも同じ「代書屋」という演題です。以前の上方は代書と屋が付きませんでしたが、現在は代書屋とすることが多いようです。
 男性客が履歴書の代書を依頼するのですが、その男の職業が上方では「ガタロ」となっています。上方の噺家は例外なくこの「ガタロ」と言っております。
 これは、河童カッパの別称で、カッパの河太郎からきており、主に関西以西での呼称です。他の呼び名として「ガタロー」「ガタロウ」などがあります。戦前の大阪天王寺には河太郎ガタロ横町ヨコマチがありました。
 一方、東京の噺家はこの「ガタロ」は用いずに、「ヨナギ屋」や「ヨナゲ屋」と言っています。立川談志や柳家権太楼は「ヨナギ屋」ですが、柳家喜多八などは「ヨナゲ屋」を用いてます。正しいのは「ヨナゲ屋」の方です。辞書にも載っております。

よなげや【淘げ屋】
川底の土をざるなどですくい、その中から金属などを拾い上げる人。
(学研国語大辞典より)

 このヨナゲ屋という職業ですが、東京では古く江戸の時代からありました。火事早い江戸で火事場に行き、焼け跡から熊手で灰を掘って集め、それを目の粗いざるに入れて近くの水たまりで振るって古釘を探しだしていました。これが当時掘り屋と呼ばれた元祖ヨナゲ屋です。もちろん江戸の時代の古釘ですから今の洋釘と違って、鍛冶屋が丹念に作った和釘です。
 時代が進んで段々と江戸の火事が少なくなりますと、彼ら掘り屋(ヨナゲ屋)の主戦場は上野三枚橋や吉原のお歯黒ドブに変わりました。ドブの底から泥を掬って笊に入れ、金目の物を選って投げる。この選って投げるからヨナゲ屋(淘げ屋)と呼ばれるようになりました。
 昭和8年に出版された、工藤英一著「浮浪者を語る」(大同館書店 1933年)にその職業の凄まじさが詳しく書かれております。

 大正初期に万年町に住む三十三歳のヨナゲ屋は、瓶洗いをしている妻の収入と合わせて、ひと月に20円の実入りがあり、またヨナゲ師として成功した者はヨナゲ舟といわれる、舟を買って、市中の川底をさらうようになります。
 これが約二十年後の昭和八(1933)年になりますと、塵芥は一括して洲崎沖の埋立地に運ばれることになってしまったので、ヨナゲも十銭の渡し船に乗って埋立地まで出張することになります。焼却の真最中である塵芥の山に接近し、すさまじい悪臭と焦熱地獄のなかで熊手を振るい、金目のものを選り投げます。鉄一貫目(3.75キロ)4銭の相場であった時代の話です。
 熊手で掻き回すたびに灰神楽が立ちます。埋立地特有の親指大の蠅が、猛然とヨナゲ屋めがけて襲いかかります。腕を一撫でしただけでも、たくさんの蠅を掴むことができます。へたに呼吸でもすれば、何百匹もの蠅を咽喉の奥に吸い込んでしまいそうなので、必死に歯を食いしばります。その中で、暑さのためにノドが乾くのは如何ともし難く、ならばどうするか? 引用させていただきます。

(引用ここから)
 ブスブス燃えしきっている焔の下を掻潜って、渚伝いにまだ燃えない個所へ渡って行き、発酵した塵芥山を引っ掻き漁ると、きっとそこから、蜜柑や林檎のドロドロに腐敗したのが、ゴミをかぶって出て来る。それをいきなり、ガブリとかぶりついて頬張っているのだが、その味たるや甘露以上であるということだ。
(中略)
 でも、彼らにいわせると「山の果実食えねえ様では、一人前のヨナゲになれるかえ。これでも咽喉がカスカスに乾からびて、声が胸の底に詰っているかと思える程渇いた時、山の果実――殊に蜜柑と来ちゃ、こたえられねえや――をむりっと噛って見な、何とも云えぬ味がするからよ、街でどんな甘え菓子を食ったって、この味にはかなわねえや」と云っている。
(引用ここまで)

 何ともすごい話ですが、この様な職業(生き方)が日本に存在していたことに驚かされます。今ではほとんど忘れ去られてしまった書籍ですが、国立国会図書館デジタルコレクションで読めますので、一読をお薦めします。
 と同時にこの「ヨナゲ屋」という言葉もいずれ忘れ去られてしまうのでしょうか? 東京の「代書屋」は「ヨナギ屋」ではなく是非「ヨナゲ屋」で統一していただきたいものです。

 米朝のロングバージョンももちろん素晴らしいですが、御覧いただきたいのが三代桂春團治の映像です。途中、代書屋の「あんたなぁ ちょっとアホと違う?」この台詞とその時の三代目の顔が実に良いんです。ぜひともDVDで視聴して下さい。

手書きの履歴書 日本法令HPより
こんな達筆な代書屋と端正な芸の三代春團治がダブります。

最新のコメント

ブログ アーカイブ

ブログ内を検索

Wikipediaで検索

検索結果

タグです

落語 (154) 橘家圓喬 (77) 圓喬 (27) 圓喬の五席 (24) 三遊亭圓朝 (19) 吉原 (18) 船徳 (15) 文七元結 (11) 百花園 (11) お初徳兵衛 (10) 圓朝 (10) 三遊亭圓生 (8) 三題噺 (8) 志ん生 (8) 佐野槌 (7) 覚える落語 (7) 追憶録 (7) 古今亭志ん生 (6) ぼやき (5) 三遊亭圓遊 (5) 梅若禮三郎 (5) 三枚起請 (4) 堀の青柳 (4) 小咄 (4) 朧の梅若 (4) 花魁 (4) おせつ徳三郎 (3) お見立て (3) ちり塚お松 (3) マスコミ (3) 三十石 (3) 三味線栗毛 (3) 五人廻し (3) 刀屋 (3) 唐茄子屋政談 (3) 喜瀬川 (3) 圓朝全集 (3) 土橋亭りう馬 (3) 操競女学校 (3) 柳家小さん (3) 桂文楽 (3) 芝浜 (3) 落語速記 (3) 金明竹 (3) 首尾の松 (3) たらちね (2) たらちめ (2) ほれ薬 (2) 三保の松原 (2) 三味線鳥 (2) 三木助 (2) 九郎蔵狐 (2) 二葉の松 (2) 二階ぞめき (2) 五段目 (2) 伊豆長八 (2) 初音のお松 (2) 夜店風景 (2) 夢の手枕 (2) 大山詣り (2) 大男の女郎買 (2) 太夫 (2) 宗漢 (2) 宮戸川 (2) 巌亀楼亀遊 (2) 延陽伯 (2) 後生鰻 (2) 搗屋無間 (2) 放生会 (2) 文芸倶楽部 (2) 旅日記 (2) 暦の隠居 (2) 朝這い (2) 木乃伊取り (2) 木場の心中 (2) 材木丁稚 (2) 権兵衛狸 (2) 欲しい物覚帳 (2) 片身分 (2) 牛ほめ (2) 牡丹灯籠 (2) (2) 狸の札 (2) 狸賽 (2) 獣肉屋 (2) 百人坊主 (2) 稽古所 (2) 笠碁 (2) 美人局 (2) 羽衣の松 (2) 翁家さん馬 (2) 花見の仇討ち (2) 花見小僧 (2) 茗荷宿屋 (2) 蒟蒻問答 (2) 長屋の花見 (2) 首屋 (2) 駒長 (2) 魚づくし (2) 鰍沢 (2) 黒焼 (2) SPレコード (1) おかふい (1) おしくら (1) お初徳兵衛浮き名の桟橋 (1) お民の伝 (1) お藤松五郎 (1) お里の伝 (1) しっぽく (1) しびんの花活け (1) ぜんざい公社 (1) たがや (1) ちりとてちん (1) にゅう (1) はてなの茶碗 (1) ゆめ (1) ズッコケ (1) ダイヤモンド (1) ネズミの懸賞 (1) バレ噺 (1) 一ッ穴 (1) 一分茶番 (1) 万病円 (1) 三人旅 (1) 三人絵師 (1) 三十石舟 (1) 三夫婦 (1) 三年目 (1) 三枚起誓 (1) 三百餅 (1) 三軒長屋 (1) 三遊亭円朝 (1) 三遊亭圓右 (1) 三遊塚 (1) 上方芝居 (1) 上方落語 (1) 上村松園 (1) 与謝野晶子 (1) 丸屋熊藏 (1) 久米仙 (1) 五街道雲助 (1) 京鹿子血染振袖 (1) 今戸五人切 (1) 今村次郎 (1) 付き馬 (1) 付焼歯 (1) 仙人の松 (1) 代書屋 (1) 佃祭 (1) 侍の素見 (1) 備前徳利 (1) 催促座頭 (1) 八卦 (1) 八百屋お七 (1) 出世夜鷹 (1) 初商法 (1) 初音の鼓 (1) 勝見豊次 (1) 勤王佐幕巷説二葉松 (1) 化もの (1) 化物 (1) 双蝶々 (1) 古今亭 (1) 古今亭志ん朝 (1) 可楽 (1) 名人競 (1) 吐血 (1) 和歌三神 (1) 善悪二葉松 (1) 四つ目屋 (1) 四代圓生 (1) 四段目 (1) 圓生 (1) 圓遊 (1) 圓馬 (1) 土橋亭里う馬 (1) 地獄旅行 (1) 執拗 (1) (1) 塩原多助 (1) 塩原多助一代記 (1) 変体仮名 (1) 夜の東京 (1) 大丸相撲 (1) 大工しらべ (1) 大男の毛 (1) 大道易者 (1) 天人の松 (1) 奈良の鹿 (1) 好談楽語 (1) 娘義太夫 (1) 宇田川文海 (1) 安中草三 (1) 寝床 (1) 封文小堀水茎 (1) 小さん (1) 小圓朝 (1) 小夜衣 (1) 小雀長吉 (1) 居残り佐平次 (1) 居酒屋 (1) 岡鬼太郎 (1) 岩亀楼亀遊 (1) 川柳宇治の村雨 (1) 幸堂得知 (1) 幾代餅 (1) 形見分け (1) 後の船徳 (1) 心眼 (1) 忍岡義賊の隠家 (1) 忠士鑑 (1) 怪談牡丹灯籠 (1) 情死の情死 (1) 抜け雀 (1) 指南書 (1) 捨丸 (1) 掛取 (1) 揚げ代金 (1) 播州巡り (1) 文楽 (1) 文違い (1) 明烏 (1) 春団治 (1) 春雨 (1) 春風亭柳枝 (1) 時そば (1) 暦ずき (1) 曽我打丸 (1) 月に叫谷間の鶯 (1) 朝友 (1) 朝日 (1) 柳の馬場 (1) 柳影朝妻情話 (1) 柳枝 (1) 柳田格之進 (1) 柳蔭 (1) 栗と柿 (1) 桂文枝 (1) 桃中軒雲右衛門 (1) 桜の宮 (1) 森鴎外 (1) 業平文治 (1) 権助芝居 (1) 橘ノ圓 (1) 歌舞伎 (1) 江戸子 (1) 汲みたて (1) 汲み立て (1) 沖縄 (1) 法楽舞 (1) 法華長屋 (1) 活花 (1) 流の白滝 (1) 浮世床 (1) 浮萍断綆夢乃手枕 (1) 淀五郎 (1) 湯屋番 (1) 無精床 (1) 熊の皮 (1) 片側町 (1) 牛褒め (1) 狂歌家主 (1) 狸の鯉 (1) 猪の夫婦 (1) 猫の皿 (1) 猫の茶碗 (1) 玉手箱の抵當 (1) 甚五郎 (1) 生花 (1) 百花園#栗と柿 (1) 皇室 (1) 盃の殿様 (1) 真景累ヶ淵 (1) 祇園会 (1) 福禄寿 (1) 秘伝書 (1) 竈幽霊 (1) 立切れ (1) 立花家橘之助 (1) 粗忽長屋 (1) 粟田口霑笛竹 (1) 素人浄瑠璃 (1) 素人相撲 (1) 素人芝居 (1) 素人茶番 (1) 紺屋高尾 (1) 絶滅落語 (1) 緑林門松竹 (1) 美人 (1) 舟徳 (1) 艶笑 (1) 艶笑落語 (1) 芦辺の鶴 (1) 花巻 (1) 花火 (1) 花火大会 (1) 花見心中 (1) 花見趣向 (1) 茗荷 (1) 茗荷宿 (1) 茶金 (1) 荻江露友 (1) 菊模様延命袋 (1) 菊模様皿山奇談 (1) 蔵丁稚 (1) 蔵前駕籠 (1) 薬屋の倉 (1) 薬屋の庫 (1) 薬違い (1) 藪入り (1) 蛙茶番 (1) 蜀山人 (1) 角海老 (1) 言訳座頭 (1) 談志 (1) 貸本屋の夢 (1) 辞書 (1) 辰巳の辻占 (1) 辻八卦 (1) 辻易者 (1) 道具七品 (1) 道灌 (1) 達磨角力 (1) 遠眼鏡の黒焼 (1) 都にしき (1) 都名物 (1) 都市伝説 (1) 酢豆腐 (1) 酢豆腐問題 (1) 金原亭馬生 (1) 金色夜叉 (1) 金馬 (1) 鈴振り (1) 鉄拐仙人 (1) 錦の舞衣 (1) 錦木 (1) 鏡ヶ池操松影 (1) 附焼刃 (1) 附馬の附馬 (1) 隅田川 (1) 雁風呂 (1) 雑俳 (1) (1) 雪の瀬川 (1) 青菜 (1) 韓国 (1) 飛烏山 (1) 飛鳥山 (1) 食客 (1) 食通 (1) 食養雑誌 (1) 馬場孤蝶 (1) 馬生 (1) 高尾太夫 (1) 高浜虚子 (1) 高野違ひ (1) 高麗の茶碗 (1) 鬼子母神 (1) 鳥安 (1) 鶉衣 (1) 鹿政談 (1) 黄金餅 (1) 鼻無し (1)

QooQ